1942年4月5日、カリフォルニア州サニーデール。平和な住宅街で幸せに暮らす日系人のタカハシ家だが、ある通告を知って血の気が引く。それは日系人すべてに退去を迫るものだった。それから約3年8か月後の45年12月1日、タカハシ家の父親レイは遠くフィラデルフィア、ある駅の階段の下で遺体となって見つかるが、警察はレイが酔っぱらいに突き飛ばされたと捜査を打ち切る。
そして現在、レイの娘バーバラはフィラデルフィア市警に、父親が殺された事件の真相究明を依頼。バーバラの兄ビリーは第二次世界大戦で戦死していた他、バーバラは収容所生まれだったが、バーバラは母イヴリンに政府から賠償金の小切手が届いたことから、初めてそのことを知った。母は収容所暮らしを恥じて娘に隠し、娘に笑顔を1度も見せずにいた。リリーたちはコールドケースの扉を開く。
捜査の手がかりは亡くなった時にレイが握りしめていた封筒だけ。宛先はタカハシ家が送り込まれたカリフォルニア州マンザナーの収容所で、差出人は不明。マンザナー収容所には当時、10万人以上の日系人が財産を奪われた上で収容されていた。現在のイヴリンは収容所の初日、日系人嫌いの看守ラリーとレイが揉めたと証言。事件当時ラリーはイタリアに駐在したが、1945年12月には陸軍対海軍のフットボール戦を観戦するため、フィラデルフィアにいて、同じ会場で第二次大戦の勲章授与式も行われていた。現在のラリーは自分のアリバイを主張し、タカハシ夫妻のケンカを見たと証言する。
スティルマンが停職後に警察を辞めようとしていると知ったリリーは、陸軍出身のスティルマンに助言を求めることに。スティルマンは封筒がフランスの陸軍郵便局から出されたこと、検閲を通っていないので将校クラスが出したと指摘。当時軍で将校だったビリーの幼なじみの白人、スキップはレイに入隊を薦められたビリーだが、絵を描くのが好きなど大人しいビリーが難色を示したため、説得のために収容所に行ったと回想。レイが同じ日系人のシンジと揉めていたという。シンジは若者たちに入隊を勧めるレイと対立したが、レイのせいでマンザナーより過酷なトゥールレイクの収容所に移されていた。現在のシンジはレイが収容所で働く白人教師メアリー・アンと親密だったと証言。現在のメアリー・アンはレイと1度だけキスしたと認めるが、妻を愛するレイとそれ以上の仲にならなかったと主張。そして2人の関係を知ったビリーがやけになって入隊したと振り返る。当時バーバラを身ごもっていたイヴリンは、自分は嫉妬しなかったと否定。そしてビリーの戦死を伝える訃報が届いた日、シンジの息子の戦死も判明したという。また1945年の12月、シンジもフィラデルフィアにいたとわかる。
現在のシンジはマンザナーに届いたビリーの手紙を、自分と同じく息子を犠牲にした者同士、レイに親切心から運んだだけだと主張。レイは米国に対する信頼心・忠誠心をすっかり失っていたが、手紙を読んだ途端、レイが“ビリーの勲章をもらう”と言い出したとも思い出す。勲章を貰うには上官の推薦状が必要だったが、ビリーが戦死したフランスの戦場で彼の上官だったのは……。
犯人はスキップだった。南太平洋で日本軍と戦ううち、日系人に不信を覚えたスキップは日系人を敵として見るようになり、カッとなってレイを駅の階段から突き落とした。そんなスキップは、その時レイが持っていた封筒の中の手紙を今も持っており、そこにはビリーが、ケンカ別れした父とやり直したいという言葉があった……。
一方、リリーら部下たちから信頼されていると気づいたスティルマンは退職しないことを決意する。
【今回の“深読み”】
いきなりだが、今回の「コールドケース」が全米放送された日を調べてみて驚いた。2007年12月9日(現地時間)、つまりその65年前に日本が真珠湾を攻撃した日の2日後だったのだ。エピソード自体も感動的だったが、この番組のスタッフがそこまで考えて作っていることに、あらためて感心させられた。太平洋戦争中、日系人が強制収容されたことは有名な話だろう。社会的差別を憎む「コールドケース」がこの史実を題材にしたことに筆者は感謝したい。
被害者レイについて考える。日本生まれでなく米国で生まれたのに、買ったばかりの車(カリフォルニアの市民の象徴でもある)など財産を奪われ、しかも愛する息子まで奪われた、その心境は悲しいというのを通り越してすべてが虚しく思えるほどだったろう。ビリーに勲章をとスキップに詰め寄った時、レイの祖国・米国に対する愛情は憎しみに転じたのかも。一方、スキップにも少しだけ同情できる点が。最終的に米国が勝利したとはいえ南太平洋の激戦は凄まじく、まだビリーと同じ世代の少年だったスキップもPTSD(心的外傷後ストレス障害)にかかっていたかもしれない。
もう1つ、印象に残ったのは、かつてレイとケンカした白人ラリーがミラーに言った、“9・11の後、飛行機で隣にアラブ系が座るのは嫌じゃなかったか”という一言。有色人種のミラーだからこそこの言葉の重みは分かったはず。
人間は愚かで、戦争も人種差別もいつの時代にも無くならない、だからこそ過去に習い学ぼうという番組の姿勢を再確認させられた、今回の「コールドケース」だ。
レギュラー陣に目を向けると、“スティルマンが辞職!?”という冒頭の話題にびっくり。彼の娘のようなリリーがそれを思いとどまらせようとしたのが可愛い。以前も紹介されたが、スティルマンはベトナム帰りの元軍人。陸軍が絡んだ今回の事件に協力するうち、今は殺人課が自分の戦場だと思ったのか。だとしたらカッコいい!
【マンザナー強制収容所】
太平洋戦争中、強制収容された日系米国人は約12万人もいたが、そのうちの約1万人が送り込まれたのがマンザナーの収容所。42年12月には暴動が起きるなど混乱した結果、今エピソードのように反抗的な収容者がトゥールレイクの収容所に転送させられたというのは史実である。日本未放送だが、1976年にTV“Farewell to Mazanar”が全米放送され、戦時中に実際に収容されたパット・モリタをはじめ、マコ岩松らが出演し、ヒロ・ナリタが撮影監督をつとめた。また、余談だが、日系2世であるジャニー喜多川とその姉メリー喜多川も収容された経験がある。
【第442連隊】
正式名称は米陸軍第442連隊戦闘団。日系人の強制収用を批判されたこと、ハワイの日系二世約1、400名を再編した“第100歩兵大隊”の成功を受けて米政府は1943年2月、日系人による部隊が編制すると発表。本土の強制収容所からは約800名が志願した。敵に寝返らないか心配されたため、彼らは太平洋戦線でなく欧州戦線に出征。累積死傷率は310~320%という驚異的数字で(何度も負傷しては戦場に戻った兵士もいたのだろう)、米陸軍史上でもっとも多くの勲章を受けた部隊となった。だからこそ、レイの悔しさが分かる。
【美術監督のレイ・ヤマガタ】
「コールドケース」に何人かいる美術監督の1人。名前から察するに日系人だと思われるが、今回は収容所のセットなど、はりきって手がけたのではないか。この人、「LOST」「エイリアス」にも参加。がんばってほしいものです。
2009.9.20|エピソードガイド|固定リンク|コメント(2)|トラックバック(0)
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最後は衝動的な事故でしたが、今回のエピソードは当時のアメリカでの日系の方々を取り扱っているという、映画・ドラマを通しても希な内容のエピソードですね。現地での放送日が真珠湾攻撃の日に近かったということにも驚きです。そんな日には「いけいけどんどん、アメリカバンザイ!」みたいな内容が多いのかと思ってましたが...。
ところで、クロージングの曲が歌でなかったこと(手紙の朗読)にもスタッフの意図があったのでは。初めてではないですかね。
でも、この時にかかっていた曲が気になります。どこかで聴いた曲なのですが...。教えていただけませんか?
投稿: tyoro | 2009年10月 1日 (木) 16時28分
この時代を生き抜いて…今の‘リトルトーキョウ’等があるんですよね!
ボス:スティルマンの復帰は、嬉しいです
投稿: ジーン | 2009年9月23日 (水) 23時25分